MOREDANCE

インタビュー Yusuke Nakai
Yusuke Nakai

Ne-Yo、Usher、Taylor Swift、Justin Bieberといった錚々たるアーティストと仕事をしてきた日本人ダンサー、Yusuke Nakai。
そんな多忙を極める彼が一時帰国した際にワークショップが行われ、本誌ではこの貴重な機会にインタビューを敢行。世界的トップダンサーが語る、エンターテインメントの最前線とリアルとは——。

PHOTOGRAPH: RIKIMARU SHIRAI
TEXT: YU KONISHO

本日のワークショップはどうでしたか?

楽しかったです。何も考えずに臨みました。ワークショップではみんなの雰囲気を見ながら臨機応変に対応していく感じです。自分の持てる全力を出して、そのフィーリングが伝わったらいいなと思います。形だけを教えるのではなくて、ダンスは楽しんでもらえることが一番です。

ではダンスを始めたきっかけから聞かせてください。

始めたのは小4の頃からです。妹がダンスをしていたこともあり、自分もスクールに通い出しました。JAZZから始めて、バレエもやりました。その頃から地元の劇団に入ってミュージカルや芝居、ダンスなど色んなことをやりましたね。中学の時には東京の劇団に入り、1年くらい東京に住みながらミュージカルの特訓に始まり、日本舞踊やタップもやりました。だけどミュージカルに飽きてしまって、中3の時に広島に帰ったんです。東京にいた最後の頃に、先輩がブレイクダンスをやっているのを見てかっこいいなと思い自分もやり出して、ストリートダンスはそこからですね。広島に帰ってからの高校時代はHIPHOPばかりやっていました。

一度広島に帰った後に、再度上京したんですか?

大学生の時にまた上京しました。きっかけはKENTO(MORI)さんのオーディションです。そこからgirl next doorのバックダンサー(2010年〜)をやらせてもらい、また広島に帰りました。そしてその後LAに。

渡米を決意したのはどんなきっかけで?

色々あるんですけど……、Usherがずっと好きで、いつか一緒に仕事できたらいいなと思っていたんです。それとKENTOさんにも「LAにおいでよ」と言ってもらっていたこともあり、じゃあ行こうかなと。タイミングは直感で、ノリで行くしかなかったですね。なるようになるかなーという感じで。

LAに着いてから、まずは何から取り組みましたか?

とりあえずスクールに行きました。ある日クラスに行って張り紙を見たら、運良く2ヶ月後くらいにエージェントのオーディションがあったので、それを受けました。自分は最終まで残ることができて、その後はコールバックを待つという感じでしたね。500〜600人が受けて最終的に残ったのは多分10人もいなかったと思います。

すごいですね!
現在もその最大手のエージェント「BLOC」に在籍していると。向こうではダンサーはエージェントに所属するのが基本なんですね。

そうなんです。じゃないとビザが取れないんですよ。ビザは1年半くらいで取得できました。ただ向こうでの実績がないし、とりあえずは保留という状況だったので、オーディションを手当たり次第受けました。ダメな時も良い時もある中で、オーディションのノウハウのようなものを身につけていったんです。回数を重ねるうちに、どんな人が受かるのかがわかってくるんですよね。僕はオーディションの空気感が好きなんですよ。生きるか死ぬかのスリル的なものが。

そうして数多くのオーディションを経験してきて、どんなアピールが大事だと感じますか?

審査する人のタイプだと思うんですよね。僕の場合は特殊な人しか選ばれないケースが多くて、逆に大勢いる中で踊ると目立っちゃってダメな場合があるんです。審査する人も何万人も見ていて飽きちゃっているから、とんでもないヤツがいた!って目を付けてもらえたら、結構可愛がってもらえるんですよ。

なるほど。ダンス以外ではどんな自己アピールをしてきましたか?

とりあえず服装はガチガチに決めてますね。他のみんなは短パンにTシャツとかなので。はじめの1回が勝負なので、それがダメだったら次はもうないんです。だからファーストインパクトだけ! そこに懸けるしかないんですよ。あとはもう気合い、パッションです。

お話を聞いているとトントン拍子のように思えますが、苦節はなかったのですか?

もちろんありました。トレーニングをやりすぎて体が麻痺しちゃってPV撮影の時に腕が動かなかったこともありますし。無理やり動かしましたけど。精神的な苦節は半端なくありましたよ。アーティストとの仕事は、アワード等のTVのショウがあって、それからプロモツアーからの本ツアーっていう流れが通例で、約1年くらい続くんですけど。それまで隣で一緒に踊っていた仲間が次の仕事の時にはいなかったりするんです。はじめにいたメンバーが、仕事を重ねるごとにどんどん減っていくんですよ。1人減って別の人が補充されるわけです。いつ自分がそうなるかわからない。前も後ろも真っ暗です。前に歩くともう後ろの道はないんです。だから前に進むしかなくて。

そんな状況でどうメンタルを保っていたんですか?

もう、ただやるしかないって、踏ん張るだけです。2年やってダメだったら帰るって決めていたんですけど、1年半でビザが取れて、それから1週間後にはNe-Yoのオーディションに受かって、ワールドツアーが2年くらい続きました。

その後、念願のUsherとの仕事につながるわけですね。

はじめはオーディションに受からなかったんです。でもTaylor Swiftの「Shake It Off」のMVに出演することになって。だけどそれが始まる直前に、急遽Usherの仕事の連絡がきたんですよ。既に決まっていたTaylorの仕事を受けつつ、やっぱりUsherの方にも参加することになりました。ギリギリかぶらずに済みましたけど、あれは本当に過酷でしたね。

そのUsherとの仕事を経て、現在はJustin Bieberのツアー中だとか。

はい。今は休暇を利用して一時帰国しています。元々Justinも好きで、前のBelieveツアーの時もオーディションを受けたんですがダメだったんです。でもそれを覚えてくれていました。

そうだったんですね。エンターテインメントの本場を拠点に、世界の第一線で活動してみて何を感じますか?

アメリカは色んな国から人が集まって競い合ってる国。本当に戦場です。僕の場合は技術も何もなかったので、独自のトレーニング法を追求したり、1日15時間以上練習もしました。ダンスが好きだったら努力するしかない。信じることと諦めないことが大事です。あとは「どうにかなる」って思うこと。

世界で活躍するパフォーマーになるためには、やはり努力ですか。

やれるだけのことをやって、学び続けること。日常生活も勉強だと思っているし、今でもずっと勉強中です。技術を磨くことが大前提で、そこにフィーリングを足して形にしていく。色んなことを試してみて、自分に合ったものを見つけていく。それに熱意を持って取り組んでいたら、周りの人が助けてくれたりするので。

Yusuke Nakai
Yusuke Nakai

広島県出身、2011年4月に渡米、2ヶ月後、6月には大手エージェントBLOCに合格し、渡米からわずか1年半で正式にアーティストビザを取得。取得後、すぐにニーヨ(NE-YO)の“Let me love you” のMVに出演という異例の早さでアメリカのシーンに躍り出る。
そこからウィルアイアム(Will i am) / “Scream and Shout”のMV出演、グラミー賞3度受賞ニーヨ(Ne-yo)のダンサーとしてAmerica’s Got TalentTVに出演し、グラミー賞ノミネートパフォーマンス、オスロでのノーベル賞パフォーマンス、NBAオールスターパフォーマンス、アカデミー賞パフォーマンスなど様々な功績を残し、その後はニーヨ(Ne-yo)の専属ダンサーとしてワールドツアーで世界を周る。
最近ではアッシャー(Usher)のBET アワードやテイラー・スウィフト(Taylor Swift)のMVなどにも出演し、アメリカで有名なVMAアワードにアッシャー(Usher)のダンサーとしても共演し,Usher専属ツアーバックダンサーを経て、 現在は異例の日本人男性初,ジャスティンビーバー(Justin Bieber)専属ワールドツアーダンサーとして世界を周っている。

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